猫がいたね。 [追想]
あの時、本当に切なかった。
其処此処でひぐらしがないていた。潮騒みたいに。
でも、暑くてね。とっても暑くて。北の国に住んでるわたしはふらふらになっていて。
汗だらけで、ちょっとうっとうしい感じで。
それで、顔でも洗おうって水道に行ったら、猫が蛇口のところに座っててね。
哲学的な顔をして、難しいことを考えてるみたい。
手のひらから水を飲んだね。
茂みの中で猫の親子が誰かがくれるえさを食べていたね。
かわいい子猫でさ。
抱っこしたいな・・・って思って、気がついたら子猫を抱いていた。
かわいいねってくろすけに言っても、なんにも返事してくれなくてさ。
抱きたい? なでたい?って聞いても、
なんにも言わなくて。
眼を丸くして、起きている事態が把握できないって感じで
口を開けたり閉めたりしてるくろすけがだいすきだと思った。
親猫が一生懸命に子猫を返してって頼むので、
ごめんねって謝って子猫を返した。
それから元町に向けて急な坂を下りていった。
夕暮れの空気の蒼さが胸を染めた。
一歩一歩、歩くたびに一緒にいた時間が長くなる。
一歩一歩、歩くたびに一緒にいれる時間が短くなる。
せつなくて。
せつなくて。
せつなくて。
くろすけの澄んだ瞳のなかだけ時間が止まってるみたいだった。
その中にずっといたいと思った。
そのとき、くろすけがしてくれたキス。
蝉時雨は、もう、やんでいたね。
しの
2006-05-18 02:50
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