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猫がいたね。 [追想]


あの時、本当に切なかった。




其処此処でひぐらしがないていた。潮騒みたいに。




でも、暑くてね。とっても暑くて。北の国に住んでるわたしはふらふらになっていて。

汗だらけで、ちょっとうっとうしい感じで。




それで、顔でも洗おうって水道に行ったら、猫が蛇口のところに座っててね。

哲学的な顔をして、難しいことを考えてるみたい。

手のひらから水を飲んだね。




茂みの中で猫の親子が誰かがくれるえさを食べていたね。

かわいい子猫でさ。

抱っこしたいな・・・って思って、気がついたら子猫を抱いていた。

かわいいねってくろすけに言っても、なんにも返事してくれなくてさ。

抱きたい? なでたい?って聞いても、

なんにも言わなくて。

眼を丸くして、起きている事態が把握できないって感じで

口を開けたり閉めたりしてるくろすけがだいすきだと思った。

親猫が一生懸命に子猫を返してって頼むので、

ごめんねって謝って子猫を返した。




それから元町に向けて急な坂を下りていった。

夕暮れの空気の蒼さが胸を染めた。

一歩一歩、歩くたびに一緒にいた時間が長くなる。

一歩一歩、歩くたびに一緒にいれる時間が短くなる。




せつなくて。

せつなくて。

せつなくて。




くろすけの澄んだ瞳のなかだけ時間が止まってるみたいだった。

その中にずっといたいと思った。




そのとき、くろすけがしてくれたキス。




蝉時雨は、もう、やんでいたね。




                                                しの


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