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世間との距離 [ちょっとまじめに]


したの記事を読んでちょっと考えたことがあるのでつれづれに。




しのは世間と関係していないと自分の存在が確認できないらしい。

だから、僕の周囲は(すくなくともいまのところ)僕としのの関係を自然に受け止めてくれるひとばかりでよかったなーと僕は思っている。同時に、僕が世間様(どなたかはしらないが)の常識から外れることにまったく葛藤がない人間であることも、よかったなーと。

もし僕がしのとの関係を世間にオープンにすることに対して悩んでいたら、しのは悩むくらいだったらやめよう、といって手を離してしまいそうだから。




僕は世間に対してマイノリティであることに全く葛藤がない。

というのも、マジョリティに属する人間が「あなたのためだからマジョリティに属せ」という言葉はその人のエゴを自分の言葉で言い表すことができないための方便であることが多いことを経験しているし、こちらがこちらの主張を認めさせようとしなければそこに葛藤が生じないこともまま経験しているので。こちらが武器をとらなければ向こうも武器をとらない、という感じですかね?

えてして(というか昔の僕は)マイノリティであるときにはそのことを主張しがちなんだけど、そんなことをしなくても自分は自分だし・・という。




そして僕のまわりにいる人間は僕の世間一般からのはずれ具合にすでに気づいてくれているので、「彼女ができたよーv」といっても、多くの常識はずれな行動のひとつとして捉えられているようです。




しのは自分の両親に離婚したことを告げるのに葛藤があるみたいだけど、僕はいつもどおり、悲観的にならずに、しののご両親も愛することができたらなーと楽観的に考えています。


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