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正直さと嘘をつかないことと [ちょっとまじめに]

ここしばらく、春だからなのか(いや、もう夏か?)、好きな人ができたというような話とかをぽろぽろ・・・と聞く。

たとえば、自分に大切なパートナーがいたとして(いるんだが)。

誰かに

「しのさん、ほんとにきれいだね。年を重ねてますます魅力的だね」

なーんて言われたら、やっぱりものすごくどきどきするし(ジュリエット・ビノシュに言われるのを想像して悶絶中)、うれしいし華やいだ気持ちになると思うんですよね。それは、裏切りじゃないし、浮気でもないと思う。

でも、そのどきどきがなんとなく「恋」っぽくなっちゃうこともあると思う。特に、その相手が自分にとって憎からざる相手であれば。

好きな人に言われるともうだめです。死にます。くろすけはしょっちゅう言ってくれるので、わたしはいつも昇天中。色界の第4天で世界の最上位に位置する有頂天に登ってるんだから、当然、地に足はついておりません。

最近、ある年上の友人(男性)に、「そんな年だなんて信じられないし、ものすごくきれいだよ」とか言われたんですよ。でも、わたしは彼を友人としては好きだけど、それ以上にはなんとも思ってないので、うれしかったがどきどきはしなかったな。まあ、それに、ほら、西洋人ってこういうことを平気で口にするから、なれちゃうしね。

で、問題なのは、ほんのりと好意を持っている相手からほめられて、そのどきどき感を恋のように思っちゃうことかなあ・・・って。それは、浮気なのかな?

先日、ポリガミー、モノガミー、ノンモノガミーという話をとあるところで読んで、ちょっと考えてしまったんですよね。

ポリガミーは基本的に男性一人がたくさんの奥さんを持つ形態なわけで、ある文化圏には合理的説明があったりもするわけだけど、それでも女性の側にはいろいろとつらい思いをさせると思うんです。「かげろう日記」とか読むと、もう、胸が痛い。

確か、ジェリー・スプリンガー・ショーなんかで時々出てくる有名なアメリカ人のおじさんでポリガミーを実行してる人がいるんだけど。そのおじさんに、あなたの奥さん達がやはり複数の旦那さんを持ったらいかがですか、と聞いてみたい。

わたしは個人的にはモノガミーじゃないとやっていけないと思います。脆弱な自信とそれに見合わない極度に高いプライドがあるので。

・・・とかいいつつ、わたしは一時期、ノンモノガミーだったわけです。積極的重婚者ではないけれど、モノガミー形態以外の形をとることも認める感じ? で、不倫と何が違うんだ、といわれたら、自分の配偶者にくろすけのことを隠してなかったってことですかねえ。隠す、ということは嘘をつくことではないけれど、いくつかの局面で嘘をつくことが要求されてしまう行為だと思うんです。それで、ひとつの嘘はそのあとの無数の嘘を呼ぶし。そうなるとその嘘の連結の中で、自分の真実が何だったのかわからなくなるし。だから、正直に告げて、そこから最善の道を選びたかった(といいつつ、どろどろですが。でも、嘘をつき続けていたよりは絶対によかった)。

それから、くろすけがわたしと付き合いだしたとき、くろすけ側の基本的態度はノンモノガミーだったと思うんです。好きとか愛してるとか客観的に定義できない言葉は言えないとか・・・。いまから考えると、それはくろすけが嘘をつきたくなかったからだと思うんですよね。思い込みで口にしてしまった言葉を間違いと気がつきつつ、繰り返すことで嘘を繰り返したくなかったんだろうなあって。

そういう意味でも、一生しのだけ、とはくろすけはなかなか言ってくれなくて。いまとなれば、それも嘘をつきたくなかったからなのだと思います。

だから、ノンモノガミーを目指す人(って言うか、自分がそうだと思う人)というのは、実はとても正直な人なのかなあと思うのです。あなたを好きでいるときに、ほかの人にときめいたり、ほかの人を好きになったりしない、とは言い切れない。

そういう可能性があることを相手にはじめから告げておいたり、そういう事態になったときには正直に相手に告げる、という姿勢なのかなあ、と思ったり。それは相手を傷つけたり、自分の望まない事態を招いたりするという可能性があることも視野に入れてのことだと思うんですよね。誰にでも独占欲はあるし、嫉妬心もあるから。そして、自分ももしかしたら複数のうちの一人になるかもしれないというリスクも引き受けるという覚悟も必要ですよね。

そのリスクを引き受けた・・・というかまあ、そういうことをしてどうなったか、という話が「とはずがたり」かなあ。

もしくろすけがわたし以外の人にときめいたとか好きな人ができたとか言ったら、ものすごく傷つくことは必至です。Vice versa(だよね??)。そういった意味において、わたしはやっぱりモノガミーの人間だと思います。

そうそう、それからね。

結婚をしていたときは、自分の心の片隅の自由奔放思春期娘がしょっちゅう恋に恋をしておりました。そうやって、恋に恋してる自分は決して嫌いではなかったです。

しかし、くろすけと知り合ってから、そういうことは一切なくなりました。自由奔放思春期娘はくろすけにくびったけ。そのくびったけ具合を、ちょっと大人の上から目線でほほほと見ている自分もいたりして。そんな風に大人のふりをして余裕を見せつつ、実はぜんぜんそんなことはないことも知ってたり。

なにがいいたいのかわからなくなってきました。笑。

まあ、ほめられたりすると誰でもどきどきするわけで。そのどきどきを恋と勘違いしてしまわないように気をつけないと。つり橋効果ってやつですね。


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